【瑞光寺】ずいこうじ
 伏見区深草坊町

竹薮を背にした萱葺屋根の本堂と門は深草一の風情があります。ここはもと極楽寺薬師堂の跡といわれ、明暦年間元政上人(1623〜67)が草庵を結びました。

元政上人は元の名前を石井吉兵衛といい、彦根城主井伊直孝に仕えていましたが、生来体が弱かったため、出家し妙顕寺日豊の門下に入りました。

竹葉庵と号したほど竹が好きで、死後遺志により、三本の竹を墓標として植えました。一本は法華経のため、一本は両親のため、一本は人々の苦悩を救うためです。

元政上人は戒律と孝道に努められた人で、その孝心は古人の句にも「元政の母のあんまやきりぎりす」とうたわれるほど有名でした。

水戸光圀が元政の親孝行と清楚な人柄を知って、「嗚呼孝子元政之墓」という墓碑を建てることを申し出ましたが、時の住職は遺志を尊重してそれを辞退したと伝えられています。


本堂

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